Ringing
法律家に求められる仕事の一つに、法的なリスクや問題点の有無、顕在化する可能性、顕在化した場合の深刻度を評価するということがあります。高度に複雑化した現在社会では、規制の種類やその精緻さもかつてよりも大幅に増していて、法律家にとってもそれらをきちんと把握するのはそう簡単ではありません。また、法文にはどうしても解釈という問題も付きまとう上、日々、判例も生み出されているわけですから、法文だけをチェックしていればよいというわけにもいきません。そして、法律や解釈(少なくとも実務的に受け入れられているあるいは多数説の解釈)や判例を見過ごすと、場合によっては、上記評価を誤ることになってしまいます。
そんなわけで、法律家をしていると、どうしても、自分が気が付いていない法律はないだろうか、解釈上の揺れはないだろうか、判例が出てはいないだろうか、という具合に、自分の知識や認識に落とし穴はないだろうか、ということにどうしても慎重になります。逆に言えば、心配性の方がどちらかといえば法律家には向いているでしょうし、長い間法律家をやっていると、そのような傾向は強化されるように思います。私も気が付けば随分と長く法律家をやっていますが、その間、慎重さは相応に強化され、自分を信用しない傾向も強まったような気がします。
ところで、私は、運転するときは、大抵音楽を聴きながら運転しています。私の音楽の趣味は、映画と同様に、しつこく同じものを聴くのが好きなので、その日も、もうこれまでに何十時間、ひょっとしたら何百時間聴いたか分からないような曲を聴いていました。
そんなわけでもう曲の進行もほとんど頭に入っている訳ですが、その日はなぜか、途中で違和感を感じました。聴きなれない一定の「ピー」というような高音がわずかに聴こえるような気がするのです。最初は、気のせいかと思い、しばらく何もしないでいたのですが、音は消えません。
次に、携帯電話の調子が悪いのかと思って(携帯電話をブルートゥースで自動車につないで聴いていたので)、信号で停止した際に携帯電話を見てみても、はっきりとした異常は見受けられず、自動車側の設定をいじってみても特に状況は変わりません。
そこで、はたと思いました。耳鳴りがひどくなっているのではないか、と。それほど多くはないのですが、私は、ストレスフルな状況が続くと、肩が凝るとともに、耳鳴りがすることがあるのです。その時は、それほどストレスがかかっているという自覚もなかったのですが、年齢を重ねるとともにひどくなってきたのだろうと思ったのです。ただ、そうした肉体の衰えについて考えをめぐらせること自体がストレスになりそうな気もしたので、徐々にはっきりと聴こえるような気さえしてくる耳鳴りのことは考えず、運転に集中しようとしました。しかし、それでも一向に音はなくならず、この性格のせいもあって、耳鳴りのことが頭を離れなくなりました。耳鳴りでこれほどはっきりと音が聴こえるものだろうかと、心配になり、いよいよ、病院で診察を受けた方が良いかもしれない、と思いつつインターチェンジに入った際にようやく真相がわかりました。
「ピー」音の正体はETCカードが外れかけていることの警告音でした。
特にETCカードをいじったわけではなかったので、気が付きにくかったのですが、その意味では、不具合が出ていたのは、自分ではなく、自動車だったということだったのです。やはり車検を2度ほど通すと、外車は不具合が出るようです。ホッとするとともに、もう少しだけ自分を信じても良いかもしれない、そんなことを感じた出来事でした。