刮目してみよ
「インパクト評価とは、事業が対象社会にもたらした変化(インパクト)を精緻に測定する評価手法です。通常、事業の効果は事業以外の要因にも影響を受けると考えられるため、事業のインパクトを正確に測定するためには、事業が実施された状況と、仮に事業が実施されていなかった場合の状況(反事実的状況/Counterfactual)とを比較することが必要となります。」
独立行政法人国際協力機構ウェブサイト(https://www.jica.go.jp/activities/evaluation/impact.html)より引用。
私は、裁判官時代も、弁護士になってからも、自己紹介やその他の場面でことあるごとに、カンボジアにおいて法整備支援に従事してきたと言い出す癖があります。アンコールワットという観光資源がありますので、時には、行ったことがあるとお聞きすることが皆無というわけではありませんが、私が期待しているほど興味を引けないものだ、というのが私の率直(かつ、自己中心的)な感想です。もちろん、多くの方はせいぜい、若いころに行ったことがある、といった程度ですし、日本でカンボジアに関する何かを目にすることもほとんどない一方、私は2年間も住み、結婚式も(観光客用にアレンジされたものではありますが)クメール式で行ったほど思い入れが強いので、関心の程度の際が生じることはやむを得ないとは思うのですが、何となく気持ちのずれを感じてしまい残念な気持ちになってしまうこともしばしばです。
なお、私は現在、カンボジアに関連するビジネスをしているわけではありませんので、経済的にそれで得するわけではまったくないのですが、それでも、しつこくカンボジアの話を持ち出してしまうのは、私にとってのカンボジア赴任の経験は、私の職業人生の中では、とても楽しく、カラフルで、そして、異国の地で自分なりにいろいろと考え、一所懸命やって成果を出したという誇りを持っているからです。
ちなみに、私の従事していたプロジェクトでは、現地法曹のための教材を作る、ということを一つの目標としていました。そして、それを私たち日本人が作っても使いこなせるものにはならないだろうという考えのもと、私は、①現地で選抜された裁判官たちに民事訴訟法の講義をし、②それを聞いた裁判官にそのレジュメを作成させ、それについて所要の修正を加えた上でまとめて、教科書を作ってもらうという、形で行っていました。ただし、私は現地の言語であるクメール語を(法律の講義ができるほどには)しゃべれませんし、当時は、日本語クメール語通訳も多くはおりませんでしたので、プロジェクトでは、私は英語を使える現地アシスタントを2名雇って講義の通訳をしてもらっていました。とはいえ、私の英語も怪しいものではありましたので、まず英語のレジュメを作り、それを基に一度アシスタントに模擬的な講義をするという過程を経ていました。迂遠といえば迂遠ではありましたが、こちらは練習ができますし、アシスタントも分かりにくい部分について質問できますので、通訳の精度があがるという効果を狙ったものです。
そんな風にしてプロジェクトのアシスタントたちは2年間私をアシストし続けてくれました。彼らの献身と能力がなければ、私が、2年間で民事訴訟法の講義をやり切り、教科書を作り上げることはできなかったように思います。実際問題、今となっては、私はいったいどうやって、「主観的追加的併合」だとか、「弁論主義の第一テーゼ」などという概念を教えられていたのか、そもそもどんなそれにどんな英語をあてていたのかも思い出せないほどです。
彼らは非常に優秀だったので、アシスタントを終えた後は、経験と能力を生かして活躍してほしいと思っていましたし、それに見合う能力を有していることも確信していましたが、実際にそのうちの1名は、ほどなくして裁判官になりました。彼のようにきわめて優秀な人間が裁判官になることが、人材の適正な配分という意味で真の意味でカンボジアにとってプラスなのだろうか、と思わなくはなかったですが、ともあれ、同じ裁判官であった私にとっては、国は違えど良い後輩ができたようでうれしいニュースでした(あまり大学や予備校にまじめに通っていなかった私は、後輩が司法試験に受かるという経験はしたことがなかったのです。)。
先日、ご縁があって、カンボジアの裁判官たちが、日本に来て2週間ほどの研修を受けるというイベントがあったのですが、そのうちの1日で講師をさせていただき、その時に日本での研修のメンバーにも選ばれた彼に再会することができました。それ自体ももちろんですが、講義では、他の受講生以上に彼にひときわ数多く質問をし、相変わらずの彼の優秀さを確認することができ、うれしく思いました。
冒頭に引用したインパクトとは、法整備支援プロジェクトを含む、ジャイカのプロジェクトの評価手法の説明なのですが、もう1名のアシスタントも現地の法曹養成施設のスタッフとなっており、このように有為な人材を育てることができたことは、間違いなく、私の従事したプロジェクトの重要なインパクトの一つであったとの誇らしい思いを強くしました。
写真にある講義をしたお礼にいただいた置物も、是非皆様に見ていただきたく、事務所のご相談者様からも見えるところに置かせていただいており、ますます、皆さまとのカンボジアに対する関心の程度の差が広がっていることが想定されますが、上記のとおり、カンボジア赴任経験は私の数少ない誇りの源泉の一つですのでご容赦いただければ幸いです。