永沢さん、岡田亨、ピニャ・コラーダ

 はじめて村上春樹氏の作品を読んだのは中学生でした。友人から借りた「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」でした。ここでは、内容には触れませんが、同作のそれまでに読んだことのない筋立てや、文体にすっかりはまってしまった僕は、立て続けに同作を読み返してボロボロにしてしまい、新しい文庫本を買って返したことを記憶しています。そして、その後も、上記「世界の終わり」は、同氏の作品の中でも安定的に上位で好きな作品であり続け、最近でも数年に一度は読み返し続けています。その他の作品については、好みの移り変わりはありますが、「ダンス・ダンス・ダンス」、「ねじまき鳥クロニクル」、「ノルウェイの森」などは、何度読み返したか分かりません。

 そんな訳で率直に言って村上春樹氏には随分と影響を受けてきました。もちろん、真似しようと思ってできるものでもありませんが、例えば、文体を意図的に似せようとしていた時期もありますし、小説中に示された考え方や行動規範などを実践しようとしたりもしました。また、意図的なものでも、ストレートで分かりやすいものでもないにせよ、ひょっとしたら影響を受けてそうなったのかもしれないと思うこともありました。

 例えば、題名に挙げた、「永沢さん」というのはノルウェイの森の登場人物なのですが、大学の選択については完全に真似をしましたし、彼が作中で言った「自分がやりたいことではなく、やるべきことをやるのが紳士だ」というセリフも、自分が実践できているか否かはともかく、何かを選択する際にはよく思い返した言葉です。例えば、私が裁判官になったのは、司法修習中に裁判教官から、裁判官になることを検討してほしい、と言われ、他人に乞われ(よく考えたら、乞われたわけでもないですね。)、それにこたえるのは「やるべきこと」だと考えたからです。

 あるいは、司法浪人をしていた頃に、ねじまき鳥クロニクルを読み返して、主人公の「岡田亨」が、元々法律事務所に勤めていて無職になったけれど、今更司法試験を受けるつもりにもなれなかったという人物造形をされているのをみたときは、何の関係もないとは思いつつ、司法試験に合格する気がしなくなったのも記憶しています。

 また、私は、ビーチリゾートでトロピカルカクテルを飲むのが好きなのですが、若いころはぴんとこなくて当時は筋もろくに覚えていなかった「ダンス・ダンス・ダンス」を30歳を過ぎてからメキシコのカンクンで読み返し、若いころよりはるかに面白く感じるとともに、同作においてピニャコラーダが印象的に使われているのを認識したときは、自分の無意識的な影響の受けやすさに愕然としたものです。なお、同作には「五反田君」という俳優が出てくるのですが、五反田に事務所を構える際には当然思い出しました。

 もちろん、人間は、出会った人、した体験、読んだ小説などから受けた影響の総体であるところ、小説は、繰り返し読み返すことができて、受けた影響を事後的に確認できる(少なくとも確認できるように感じられる)ために、影響を受けたという印象を持ちやすいことは否定しにくいでしょう。上述した進学する大学の選択も、司法試験を受験して何度か不合格になったことも、トロピカルカクテルを好きなのも、他からの影響(や、勉強不足)もあってのことです。それでも、主としてそれから影響を受けたという風に思いたいほどに肯定的にとらえられるほどの何かと出会えたことは幸せなことかと思います。

 年齢を重ねると、若いころのように、何かに強い影響を受けるという経験も少なくなってきます。ある程度まではやむを得ないものだろうと思う一方で、また、何かに圧倒されるような体験をしてみたいものだと思います。これをご覧の方において、ジャンルを問わず、何かお勧めの作品ありましたら是非教えてください。

永沢さん、岡田亨、ピニャ・コラーダ” に対して1件のコメントがあります。

  1. N より:

    ゴダールが亡くなりましたね。

    >年齢を重ねると、若いころのように、何かに強い影響を受けるという経験も少なくなってきます。ある程度まではやむを得ないものだろうと思う一方で、また、何かに圧倒されるような体験をしてみたいもの

    東大の入学式で、蓮實重彦が、そのことを不意打ちされること、と表現し、不意打ちされることの準備をするように、と述べていましたね。ただ、その不意打ちに会うかどうかはその幸運が訪れるかどうかでしかない、残酷なものである、と。

    ここ5年のうちで、久しぶりに衝撃を受けたのは、伊丹十三「タンポポ」を観返した時でした。権利関係がまとまっていないのか、DVDも高いですが、機会あればぜひ。

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