The King of Comedy

 法律用語は、厳密であろうとするために、奇妙な言葉の使い方をしていると思われる場合があります。私から見ると「ストーカー」という言葉がそういう言葉の一つで、これはもちろん、「Stalker」の音訳なのですが、この言葉は、分解して考えれば、もちろん、「Stalk」(付きまとう)+「er」(~する者)ということのはずです。ところが、法律(ストーカー行為の規制等に関する法律)においては、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、」「つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと」などを「付きまとい等」といい、同一の者に対し、付きまとい等(ただし、一定の行為は除外される。)を反復して行うことを「ストーカー行為」と定義しています。いわば、英語でいうところの「Stalk」という言葉を定義するのに、ストーカーという概念を先行させていて、オリジナルの言語である英語とは考え方の順番が違うように思われます。

 これは日本語がストーカーという概念を受容するのに独特の経緯があったからなのでしょうが、ともあれ、この点は前置きでして、そんな言葉が少なくとも日本では今ほど一般的でなかった1983年の映画に、「ストーカー」気質を持つ人物を描いた表題のキングオブコメディという傑作についてご紹介したいと思います。本作の主人公は、ロバードデニーロが演じています。ご承知のとおり、名優として名高いロバートデニーロは幾多の作品でその演技力を見せつけていますが、この映画の中で見せた彼の演技は,もはや,上手い,という表現で語れる次元のものではないような気がします。

 この映画は,人気のあるトークショーの司会を務めるコメディアンのファンであり、自身もコメディアン志望である主人公ルバートが,自身が憧れるコメディアンから,社交辞令的に「今度デモテープを持ってこい」といわれたことをきっかけに,徐々に彼の親友だという妄想を膨らませていき、アポイントもなしにオフィスに押し掛けて居座る、彼の別荘に招待されていると信じ込んで、意中の女性を連れて彼の別荘に上がり込むというように、行動をエスカレートさせていき、最終的には上記コメディアンを誘拐してトークショーに出演を図るといったような筋書きなのですが、ロバートデニーロが、ルパートの痛々しいキャラクターを見事に作り上げていて、例えば、上述の別荘のシーンでは、ルパートが、明らかに周囲から歓迎されておらず、連れて行った女性もそれに気づいて徐々に困惑と羞恥を深めていくのですが、ルパート自身はそれに全然気が付こうともしないさまなどは、映画であるとわかっていても、見ている方が得体のしれない不快感と居心地の悪さを感じずにはいられないほどです。

 劇中のルパートの行為が、典型的な「ストーカー行為」といえるのかはさておき、ロバートデニーロが、これほど見事にストーカー気質を再現できるものだと感心せずにはいられません。しかし、本作は、ロバートデニーロの演技がすごいがゆえに、かえって、観客としてはもやもやと不快感を感じざるを得ないという仕組みになっていて、映画自体は爽快感が皆無であるせいか、興行的には失敗したそうです。実際問題、見ていて疲れる作品なので万人にはお勧めはできません。しかし、業界関係者からの評価は高いそうですし、上述した筋書きや,ロバートデニーロ自身が出演しているのをみてお分かりの方もおられるかと思いますが、ホアキンフェニックスが主演を務めたJOKERに多大な影響を与えたとも考えられる内容になっています。JOKERが公開された当時にはキングオブコメディも話題になっていましたので、変わった映画が見てみたいという方や、JOKERが面白いと思われた方はぜひご覧ください。 

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