落語のすすめ

 3代目古今亭志ん朝の「芝浜」の動画を何気なく見たのがきっかけだったように思うのですが数年前からよく落語を聞くようになり,熱中しやすい私はあっという間にファンになりました。

 人でも、趣味でも、その魅力を言語化するのは難しいですが,部分的であってもあえて試みるとすると,落語は、欲望に弱いとか,間が抜けているとか,見栄っ張りであったりとか,世間を知らないといったような,人間誰しもが持っているダメさを誇張して描きつつ、ダメさゆえにひどい目にあったりするさまを愛を持って笑い飛ばすことで、その弱さを否定しないところにあるのではないかと思います。

 もちろん、現実には,自分のダメさが許容されない、あるいは少なくとも許容されないのではないかと怖くなる場合も多くありますし,ダメな人が愛らしいとは限らず,かつ,そのダメさゆえに引き起こされる事態も笑えないことも多いですが、落語は、そういうシャレにならないと思われるようなことも、仕方がないんじゃないの、と思わせてくれる力がある気がします。私の場合は,通勤中にウォークマンで落語を聞いたりしますが,そんなわけでストレスがたまっているときほど聞きたくなりますし、その結果、気が楽になることもしばしばです。

 聞いたことがないと、古臭くて笑えないのではないか、とか意味が分からないのではないかと思われる方も多いと思いますし、確かにそういう部分があることは否定しませんが、映画なんかと一緒で、落語にも、あまり詳しくないという人にとっても楽しみやすい作品はありますし、そういうものを聞いているうちに、きっと他の作品も楽しめるようになると思います。

 私は,インド映画を見たいという人に,「きっとうまくいく」を勧めているように,これから落語を聞こうという方には上記「芝浜」をお勧めしています。芝浜は、酒癖の悪い酒屋が出てきて、紆余曲折を経て珍しく改心する話ですが、そこに至る筋立て自体もわかりやすく面白いですし,何しろ、落ちが秀逸です。また、志ん朝は、なんともいえない艶とおかしみがあり、また、人物の演じ分け方も見事というほかなく、ぐいぐいと引き込まれます。落語を勧めておきながら,この投稿には特に落ちはありませんが,よろしければ是非聞いてみてください。 

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