この世界の片隅に
タイトルは,こうの史代さん原作の漫画を片淵素直監督が映画化した作品の題名です。本当に魅力あふれる作品でして,私にそれを余すことなく伝えることはできないのですが,本日は多くの魅力のうち,一つの側面に絞って書いてみたいと思います。それはこの作品を貫く(狂気的に)「丁寧な仕事ぶり」です。その丁寧さは,例えば史実の考証にも及んでいて,当時の風景,出来事等は綿密な取材に基づいているのだそうです。それを逐一挙げていてはきりがありませんので,一つだけ例を挙げますと,
この映画のポスターに「青葉」という艦船を後方から描いているところ,艦船の左側にだけ波がたっている,というものがあるのですが,これは,当時日本に帰投する同船舶のエンジンの片側が壊れていたとの史実に基づいているのだそうです。
史実に基づいていれば面白い作品という訳ではありません。けれど,こうした徹底した仕事ぶりは,たとえ,私自身も含めて,観客がそうした考証の正確さを網羅的に検証できているわけでもないとしても,見る者に何かを伝えていると思いますし,同時にこのフィクションであるはずの本作品に圧倒的な深みと現実感を与えていて,この作品が特別なものになったことに寄与しているのではないかと思います。
本作の制作とは次元も場面も異なるところではありますが,法律家が書面を作成するときには,様々な文献で学説や過去の裁判例の調査をしたり,事実経過を証拠で確認したりします。こうした作業は,ときに非常に時間を取られますし,調査した内容がダイレクトに反映されるわけでもないことも多いです(調べたことをとにかく羅列して長くすればよい書面になるわけではありません。)。それでも,出来上がった書面を読むと,綿密な考証があったかどうかは読み取れるような気がしますし,同じようなことが書いてある書面であっても「迫力」が違うと思うこともしばしばです。もちろん,法律家は限られた期限までに完成させなければいかに内容が優れていても意味がないということもしばしばあり(どんな仕事でもそうですね。),常に背景を網羅的に調査できるわけではありませんが,それでも,こういう丁寧な仕事ぶりを目の当たりにすると,そうした姿勢を忘れてはいけない,と襟が正される思いがします。
などと,つらつらと書き連ねましたが,結局のところ,本作品の魅力をわずかなりともお伝えできているとは思いませんので,未見の方にはぜひ本作品をご覧いただきたいです。言葉にならない感動を与えてくれ得る作品だと思います。