強く儚い者たち
20年以上前の夏だったと記憶していますが、その日の深夜、僕は環状8号線沿いのファミリーレストランでコーヒーを飲みながら本を読んでいました。燻煙殺虫剤を使用する間の時間つぶしのためでした。その時の僕は、まさかゴキブリが開け放した窓から飛んで入ってくることがあるなどということは知らなかったですし、法学部に進学したはよいものの、卒業した後に何をやりたいのかもよくわからなくなっていた時期であったこともあって、本当についていない、と腹立たしいような悲しいような気分でそのファミリーレストランに入店したのを覚えています。
そのとき、聞こうとするでもなく耳に入ってきたのが、店内の有線放送か何かで、おそらく当時流行していた他のポップソングとともにループでかかっていたCoccoが歌う「強く儚い者たち」でした。「強く儚い者たち」は当時航空会社のコマーシャルで使われていたので何となくその存在は知っていたのですが、特に強い印象も持っていませんでしたし,そもそもファミリーレストランのBGMなど普段であれば聞き流すところです。実際問題、他にどんな曲がかかっていたのかは今となってはまるで覚えていません。けれど、そのときは、何故か「強く儚い者たち」の歌詞だけが耳に飛び込んで残っていきました。コマーシャルでは流れていなかった部分の歌詞はテレビ放送で流すにはやや猥雑ですが,とても残酷で美しく,本はとっくに読み終えた後も、僕は「強く儚い者たち」がかかるのを待つためにリフィルフリーのコーヒーを飲み続けていました。そして、4度目か5度目にその曲がかかり終えた時には、僕は、その抒情的な世界観、透明感があって力強い歌声、美しい旋律にすっかり心を奪われていました。僕は、その足で、深夜までやっているレコードショップに行って「強く儚い者たち」の入ったアルバムを買って、家で朝方までリピート再生し続けていました。ファミリーレストランに入った時のもやもやした気持ちはもう忘れて心地の良い高揚感に包まれていました。
僕はそれ以来一貫して彼女の楽曲を聞き続けています。
司法試験浪人をしていたときは、彼女の楽曲を朝から晩までウォークマンで聞きながら勉強をしていましたので、間違いなく人生で一番聞きこんだ歌手ですし、大げさかもしれませんが、人生のある時期、彼女の楽曲なしには生き残れなかったような気さえしていますし、少なくとも彼女を知ったことは間違いなく僕自身を(願わくば良い方向に)変えたと思っています。
裁判官時代に沖縄で勤務したのですが,石垣支部勤務を告げられて一番最初に思ったのは,遠隔地に行くことへの不安でも,そうすることへの高揚感でもなく,(島は違いますが、)彼女の出身地で勤務できる縁を得られたことの喜びであったことを覚えています。
今回のブログを書いたのは、別に彼女を宣伝したいわけではありませんで、素晴らしい出会いってどこにあるかわからないということをお伝えしたかったからです。僕が彼女の楽曲を熱心に聞くようになったきっかけは上記のとおり、あまり劇的とも美しいとも言い難い偶然の出来事でしたし、そのほかに今僕が好きなことも、そのきっかけは思い返してみれば、それを縁とか運命などというかどうかはともかく、言ってしまえば「たまたま」であり,偶然以上の何物でもなかったと思います。それでも、それを好きになってしまった今となっては、それらと出会ったことは人生の喜びであり、何かの拍子で出会い損ねていたら、と思うとぞっとするほどですが、他方で、現実には僕はそのような出会い損ないを無限に繰り返しているのでしょう。
年齢を重ねていくと、徐々に自己規定が強固になり、段々新しいものや価値観を受け入れるが難しくなります。少なくとも僕はそう感じることがありますが、「強く儚い者たち」を聴いて、その曲に心を奪われた,始まりはともかく,思い返せば幸運で幸福だったあの日のことを思い返すたびに、新しいものを受容する気持ちを忘れたくない、と思います。新型コロナウイルスの長期間の流行という何とも鬱屈とした毎日がつづきますが、出会いはどこにあるか分かりません。柔軟さを忘れたくないと思いますし,皆様にも一つでも多くそういう出会いがあることを祈っております。
2月17日、Coccoの11枚目のアルバム「クチナシ」が発売となります。よろしければ是非。