Anonymity

 裁判官時代、担当している事件の代理人や、当事者から、名前を呼ばれるということはあまりありません。特に大都市ではそうです。そのような意味で自分が匿名的な存在だと思っていたのですが、自分が弁護士になってみると、意外と担当裁判官のことは気になるもので、裁判所のウェブサイトなどで名前を確認しますし、名前が分かれば判例ソフトなどで検索してみたりしますので、私が裁判官として担当した事件の代理人の中にもあるいはそういうことをされていた方がおられたかもしれませんし、私が担当した事件の情報などをみた上で色々と思っていたかもしれません。しかし、それでも、名前で呼びかけられるということは殆どありませんでした。また、実際問題、おそらく私の名前を知りもしなければ興味もないのだろうな、という方も多くおられたように思います。

 このような日本の裁判官の匿名性については、様々な方が分析したり、論じていたしますので、ここでその背景などについて論じることは致しませんが、ともあれ、呼びかけに名前を使わないとすると、弁護士が裁判官に呼びかける必要があるときにはどうするかというと、いくつかパターンがあります。

1つ目は「裁判長」という呼び方です。これは合議事件においてよく使われるせいか、単独事件をやっていてもたまにそう呼ばれることがあったように記憶しています。ただし、単独事件における担当裁判官は裁判長ではありませんので、不正確だと思います。

2つ目は、「判事(さん)」と呼び方で、特に、年配の弁護士を中心にこのように呼ばれることが最も多かったような気がします。「さん」付けをすることを前提とすると、3番目の呼び方と比較すると少し柔らかく丁寧な感じがするからでしょうか。ただし、裁判官になって当初10年間(厳密に言えば例外もありますが、割愛します。)は「判事補」であるところ、現在の実務上、裁判官になって5年経過すると単独事件を担当することもあるため、裁判官になって5年以上10年未満の裁判官に「判事(さん)」と呼ぶのは不正確となってしまうきらいがあります。

3つ目は、「裁判官」という言い方で、何となく固く、自然な日本語でないような感じもする一方(たとえば、裁判官は、訴訟において、弁護士を、「弁護士」とは呼ばないように思います。)、1つ目、2つ目の呼称と違い、不正確となることがないためか、どちらかというときちんとした弁護士がこのような呼び方をされていたことが多かった印象があります。

 裁判官の印象を少しでも悪くしたくないからか、依頼者の方に、裁判官に対しては何と呼ぶのが良いのかと尋ねられることがあります。その際には、上記の話をした上で、失礼でなければどれでもよい、と申し上げています。実際問題、(判事補時代に、判事さんと呼ばれると、そんなに老けているかな、と思ったことはなくはないですが)私自身、そのことで失礼だと思ったりしたことはありませんので、日本で裁判に出頭される方は、ご参考になさってください。

 なお、アメリカでは、裁判官は、法廷では、”Your honor”と呼ばれるのが一般的のようであり、私のようなアメリカにおける外国人の裁判官についても、ロースクールの名簿などでは、他の生徒にMsなどという敬称が付されているのと異なり、”Honorable”などという敬称を付けられていたりしました。これらは、代表的な英語辞書などで見てみると、いずれも「閣下」などと訳される言葉になりますところ、私には、こうした言葉の正確なニュアンスまでは分からなかったものの、日本で付されたことのない敬称が付されて何とも面映ゆい気持ちになったのを覚えています。

 アメリカ(や英米法圏)においては、裁判官に対しては、日本よりはもう少し敬意を払った方が良いのかもしれません。アメリカで裁判に出頭される方は、こちらもご参考になさってください。

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