師走の思い出

 裁判官時代、年末は和解が成立しやすい時期であるといわれており、自分自身の体感としてもそのように思っていました。その理由は、具体的なメリットというより、当事者の方の紛争を抱えたまま年を越したくない、という心情的なものであったような気がします。

 年末などというものは、言ってしまえば人為的に決められた周期の終期に過ぎないわけですが、それでも、実際少なからぬ事件で、何となく和解するものだ、という雰囲気になるというのは、不謹慎な言い方ですが興味深いことではあります。この点、日本における裁判官と和解の勧試の関係については、様々な意見があるところではありますが、ともあれ、一応双方が納得の上、紛争が解決するということは手続を主宰する裁判官としては喜ばしいことですので、裁判官として和解を目指す場合には、和解に向かう雰囲気を大事にすべく、普段より間隔を詰めるなどしてでも、期日を年内に設定するといったことも行っていましたし、もっといえば、それ以前から、年末に和解の雰囲気を醸成できるように、訴訟の進行を調整しようと試みるといったこともしていました。

 このような次第で、私の場合、裁判官時代の12月の後半は、期日が立て込んでいたことも多く、場合によっては御用納めの日まで文字通り走り回ることもしばしばでした。そんな訳で、(自分を「師」と言っているようで気が引けますが、)私の場合、師走という文字を見ると忙しく走り回っていた裁判官時代を思い出しますし、あの疾走感はもう一度経験してみたいな、とも思ったりします。

 なお、そのようにして和解になる事案もそれなりにある一方、当然のことながら、あらゆる事件が年末だからといって和解になるわけではありませんので、御用納めの日の勤務が終わると、自然と、その年の反省点や翌年に向けた改善点に思いを致すなど、「まとめ」という感じになるのが常だったような気がします。言ってしまえば人為的に決められた周期の終期に過ぎないのに興味深いことです。

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