仮差押えを検討すべき場合について
1.はじめに
「貸したお金を返してもらえない。」、「取引先に商品を売ったけれど、約束どおりの入金がない。」といったような場合、相手方に対して、訴訟を提起して金銭の支払を命じる判決を得るという手段を検討する必要があります。しかし、ここで、注意しなければならないのは、金銭の支払を命じる判決を得て一件落着、とは限らない、ということです。判決が出たとしても、様々な理由で支払ってもらえない場合もあり、こうした場合には、強制執行という手続をとる手続をとる必要があります。
仮に時間をかけ金銭の支払を命じる判決を得たとしても、相手方に強制執行の対象となるような財産(不動産や預金など)がないような場合には、基本的には、どうしようもない、ということになります。こういう場合の金銭の支払を命じる判決は、言ってみれば「絵に描いた餅」ということになります。とはいえ、訴訟は、相応に時間を要する手続であって、判決を得るのに1年以上の時間がかかるということも稀ではありません。その間に、相手方が、強制執行を避けるために財産隠しをしないとも限りませんし、また、そこまで悪質でなくても、時間が経過する間に相手方の資力が悪化してしまう場合もあります。このような場合に検討すべきなのが、「仮差押え」の申立てをするという手段です。
「仮差押え」も判決と似ていて、裁判所に、その旨の命令を発令してもらうものです。具体的にいうと、裁判所の仮差押え命令が発令されると、土地や建物についていえば、登記簿に仮に差し押さえた旨の登記がされることとなり、預金債権についていえば、金融機関に対して、相手方への払戻を禁止する命令が出されることとなります。その効力を正確に説明するのはなかなか難しいのですが、おおざっぱにいえば、上記のような状態になれば、判決を得られるまでの間、相手方が、仮差押えをされた財産を処分することは難しくなります。すなわち、うまく仮差押えを活用することができれば、判決が「絵に描いた餅」になってしまうことを防止することが可能となります。
以下、仮差押えの要件や手続について説明いたします。
2.仮差押えの手続や要件
(1)手続の特徴について
仮差押えは、上記のように、訴訟の決着を待っていると、財産が処分されてしまったりするのを防ぐための手続ということもあり、手続については、訴訟と異なり、申立人の主張や立証だけで判断され、基本的に相手方の言い分を聞くということはしません(そのようなことをすれば、相手方に仮差押えを検討していることを知られてしまい、財産処分を防ぐという目的を達せられないからです。)。ちなみに、東京地裁においては、「全件面接方式」といって、基本的には、申立人は裁判所と面接をするのが必須となっていますが、裁判所によっては、書面だけで判断をされる場合もあります。
(2) 仮差押えが認められるための要件について
仮差押えの申立てを認容してもらうための要件は、①被保全債権の存在と、②保全の必要性の2つとなります。
このうち、①については、端的に言えば、申立人が、相手方に対して、どのような債権を持っているか、ということです。仮差押えによって保全される債権のことです。この点、どのような事実があれば、どのような債権が発生するかについては、法律や解釈によってある程度定まっているので、これらに即して必要とされる事実を主張するということになります。②については、今仮差押えをしなければ将来の強制執行が不可能になったり、著しく困難になったりするおそれがあることをいいます。端的に言えば、相手方の資力に不安があるような場合ということになりますが、この要件が求められているのは、相手方の資力に不安があるような場合でなければ、わざわざ相手方の財産の処分を制限する必要はないからです。
なお、仮差押え命令の審理については、迅速な判断を可能とするといった目的もあり、「疎明」といって、一応確からしいという心証を抱かせればよい(訴訟と比べて立証の程度は低くてよい)、とされています。
また、仮差押え命令を発令するためには、実務上、ほぼ例外なく、申立人に担保を立てることを要求されます。これは、結果として不要な仮差押え命令を受けることによって生じ得る相手方の損害を担保するためのものとなっています。立てた担保は、例えば、訴訟でも仮差押え命令と同じ結論となった、といったような一定の要件を満たすまでは返還を受けることはできませんし、仮差押え命令を得たのに、訴訟で(一部)敗訴したような場合には、逆に相手方から損害賠償請求を受け、一部又は全部が返還されない可能性もある点には注意が必要です。
3 どのような場合に仮差押えの申立てを検討すべきかについて
以上を前提とすると、申立側にとって、仮差押えをすることのメリットとしては、相手方の財産を勝手に処分されるのを防止できるということとなります。
また、相手方に対して、申立人側の債権回収への強い姿勢が伝わったり、相手方が、仮差押えにデメリットを感じる(預金を仮差押えされると、金融機関にトラブルが起きていることを知られることにもなります。)ことから、交渉を促進する事実上の効果が得られる場合もあるなどといわれています。
しかし、仮差押え命令が発令される場合には、一定の担保を立てる必要があり、立てた担保は少なくとも一定期間動かせなくなりますし、場合によっては、仮差押えをすることによって、相手から損害賠償請求を受けるリスクも考慮する必要があります。加えて、仮差押えによって相手方の資金繰りに狂いが生じてしまい、結果として倒産に追い込まれるなどして、かえって債権回収に悪影響を及ぼすことも考えられます。
以上、一般的なメリット・デメリットを挙げてみましたが、実際に申立てをするか否かを検討するにあたっては、これらに加えて、被保全債権の疎明の成否や担保金額の見込み、仮差押え対象財産の選定などについても検討を加える必要がありますし、その結果、申立てをするということになれば、迅速にこれを行う必要があるところです。
4 仮差押え命令を受けた場合の対応について
他方、仮差押えは上述のように、発令までは、相手方は知ることはありませんので、これに対抗するということは困難です。ただし、発令後には、仮差押え命令そのものの当否を争う(保全異議)ということが可能です。また、命令の当否自体は争わないとしても、この取消しを申し立てられる場合(保全取消)もありますし、一定の金銭(仮差押解放金)を供託することで、仮差押えの執行を停止するといった手段をとることも考えられます。
仮差押えを受けると財産の処分ができなくなったり、信用不安を招いたり、といった可能性がありますので、このような場合にも状況に応じて適切に対応する必要があります。
5 終わりに
以上、仮差押えについて簡単に解説してみましたが、仮差押えは、技術的な制度となる上、場合によっては迅速な対応が求められることもある手続となります。
当事務所の代表弁護士は裁判官として実際に仮差押えの手続を担当していた経験を有しておりますので、そのような経験を活かして、申立てを検討したい方、あるいは、仮差押え命令を受けてしまい対応を検討したい方のいずれにつきましてもご相談を承っておりますので、是非当事務所へのご相談をご検討ください。